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祇園デビュー!!
 

まあ、この歳にして「初!祇園デビュー!!」してまいりました。

どうやら普通にちゃんと歳を重ねた社会人ならばすでに祇園常連になっていてもおかしくないらしく・・・

外国からの観光客の方々と肩を並べてちゃんと一通りおのぼりをして祇園の白川?の川沿いを歩き、まだつぼみの固い桜並木を川沿いに眺めながら、注文もしていないのに出される京料理に舌鼓しながらお酒をたしなんでまいりました!!




で、話をいろいろして思ったのです。


あたしゃ、なにしてんだろう??と。



ま、これは、祇園デビューには全く関係ない話なんですが。




お酒を飲みながら話をする時って、
おそらく、何か自分に欠けてるピースを埋める言葉を欲してたりすると思うのね
ま、時と場合によるんだけど。
特に何も考えず、ふわっと呑めればいいなぁってときも勿論あって、
でも、そういう時は帰ってきたらどっと疲れたりするんだけど。


なにしてんだろ?って先に言っちゃうと、そうじゃなかったのかなぁ?と思われちゃうかもだけどそうじゃなくて、
話をちゃんと出来たからこそ、今の自分は何してんのかなぁって深く考え込んじゃったりするわけですよ。


自分はなんなんだろうなぁ、とか、
どうしたいんだろう、とか。
柄にも無く帰り道、独り、考え込んじゃったりするもんだよなぁ
きっと皆もそうでしょう。


特別じゃない何かと、特別な何か、
否定されたい自分と、きっと否定されたくない自分
頭で解っていても、、そんなもんはきっと誰でも考えてるありふれた思考で
自分なんてきっとありふれた大多数のほんのひとつに過ぎないんだろうな、なんて思ってるのに、なんか、心か体か、わかんないけどどっかで特別を待ってる自分が居る事を否定しきれないでいる自分。

ん、

ややこしい。


例えば、心から自分が納得できる形で自分を否定してくれる人をずっと探しているのかも知れない。
否定、というのは言葉が違うんだけど、
自分が自分自身で理解できない部分を、
もしかしたらある意味納得できる形で言葉にしてくれる人を探す旅をしているのではないかなぁと、ふと、思うのである。
それを、肯定というのか、否定というのかすら、今の私には解らないけれど。


否定されると悲しい
でも
肯定されるとイライラする
そのイライラはきっと自身の中にある何かが自分でも理解しきれていないから答えの無いわだかまりに自分自身が折り合いをつけきれなくて起こるイライラなのだと思う
そのイライラをパズルを合わせるようにつなげてくれる何か、言葉?を待っているのかもしれないなぁ、などと、
まるで他人事のように思う帰り道。


ま、その答えすら、自身の中にしかないのだということすら分かっているのになぁ。




でも、こんな事を考えられる夜があったことを
やっぱり嬉しく思いながら
いつかわだかまりが解ける日を待ち望む自分は
白馬の王子さまを待つ大ばか者なのだろうなぁと
笑えてきたりする。




私の目に映る、赤や青やオレンジの色が
いつか誰かの目に映るその彩のそれらのように
全く同じに見えていることが解った瞬間
その世界は星空の輝きのようにキラキラした世界だろうか

私の小さな脳みそのなかで
抱えきれない謎たちがうごめいて大暴れ
それらを目に見える形に出来る術を今の私は知らない


恥ずかしながら
本音を言えばこんなかんじだろうか

こういう夜は
心から楽しいなぁと思えたりする。



まあ、
「祇園デビュー!」には
全く関係ないけどねぇ

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